清明

アベミハ原作沿いです

4月5日。

新学期を迎え、新入生を迎える前に一足早く始業式が行われた。

新緑が芽吹き、鳥は歌い、空は青く澄む春。爽やかな風が吹き、生きとし生ける全てのものが春の息吹を謳歌する。

今年は桜の開花時期が早かったため、校門に植わっている桜並木は既に姥桜となっていた。

春分を過ぎて、日が出ている時間も徐々に長くなった。

とはいえ、野球部の練習が終わる20時過ぎはさすがに真っ暗だ。

他のメンバーが帰った頃、裏グラウンドの用水路側にある通用口から、自転車を押した二人組の影が現れた。

近々練習試合が予定されているので、最後まで居残ってミーティングをしていた西浦バッテリーの二人だ。

花冷えの風が水路の上を吹き抜けて行き、三橋がくしゅんっと小さなくしゃみをして、ハンドルを握りながらよろめいた。

思わず、阿部が片手で反射的に三橋の上体を支えてやる。

「アッブネーな。気をつけろよ」

「ご、ごめん」

手を貸してやったというのに、三橋は阿部の手が肩に触れた瞬間、盛大にギシッと固まった。

阿部は眉間に皺を寄せて、三橋の表情を観察する。

暗くてハッキリとはわからないが、どうやら阿部の手が自分の体に触ったので少しおびえているようだった。

ーーなんだよ。

ちょっと体に触ったくらいで、そんな怖がんなくてもいいじゃねーか。

出会ってから一年。

いまだに、三橋は自分に慣れてくれない。

他のチームメイトは親しげに名前で呼ぶのに、自分だけは名前を呼んでもらえもしない。

いい加減、焦れ過ぎていつしか腹を立てることもなくなっていた。

誰よりも強い絆が欲しいのに、この投手は心の扉を開くことはない。

いつになったら、真に強いバッテリーになれるのか。

こんな調子で、ずっと三年間通すつもりなのか。

言い知れないもの寂しさを長い間抱えてきた。

阿部がため息をついていると、三橋が突然立ち止まった。

そうだ。タラタラ歩いてないで、さっさと漕ぎ出して家路を急がなければ。

本当は少しだけこのまま自転車を押して歩いて、雑談でもしたいところだった。

一年も経つのに、まだ自分は三橋のことをよく知っているとは言いがたい。

他愛ない話をして、わずかにでも三橋を理解したかったが、三橋が自転車をまたごうとしているのを察知し、阿部は諦めた。

ちょっとでも近づきたい、歩み寄りたいのに、また三橋からつれなく打ち切られた気がして、苦い気持ちになる。

その時。

三橋はガシャン、と音を立てて自分の自転車のスタンドを立てた。

驚く暇もなく、スッと距離を詰められる。

阿部が息を飲んでいると、三橋はしなやかな腕を伸ばし、阿部の前髪に触れた。

瞬きをする阿部の睫毛が、三橋の指に触れ、

何かをつまんだふしくれだった指が、眼の前で踊った。

その指には、薄紅色の花弁。

「阿部、君。サクラ、髪に、ついてた、よっ」

朧月が、三橋を照らす。

その笑顔がまぶしくて、阿部は眼を細めた。

ーーコイツ。

俺が触った時は、あんなに固まってたくせに。

阿部は、三橋の指から小さな薄弁を奪い取った。

「ーーあっ!」

なんで、そんな残念そうな顔すんだよ。

俺のことなんか、なんとも思ってないくせに。

阿部はそのまま、ふっと花弁に息を吹きかけ、用水路向けて遠く飛ばした。

はかない花弁が、ゆっくりと夜風に舞って溶けていく。

ーーざまーみろ。

阿部は自転車にまたがると、軽快にペダルを漕ぎ出した。

「あ、待って、待ってよ、阿部、君!」

絶対に、待ってなんかやらねえ。

阿部は少しペースを落としながら、笑顔を向けた三橋の姿を思い浮かべていた。

ーーその、色素の薄い前髪にも、淡い色の花弁がくっついていた。

俺は、取ってなんかやらねーからな。

いよいよ、夏に向けて新しい野球部が始動する。

二度目の新しい始まりを嬉しくもほろ苦くも思いながら、阿部はあわてた三橋が後ろから追いついて来るのを待った。

ZERO ORIGIN

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